自閉症・勇吉の生い立ち&勉強したこと


自閉症とは100人いれば100とうり。ココでは勇吉の年齢ごとの記録と私が勉強したことを書き込みます。
by ranrantomomo
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養護学校1年生。初めての運動会(2)

初めての養護学校での運動会。
どんな風なんだろう???って感じで凄く楽しみにしていました。

市内には養護学校の小学部、中学部が1校しかありません。必要としているお子さんは沢山。
年々ふえつづけている。
校舎の建て増し、建て増し・・・。
その結果とても狭い運動場になってしまいました。
そのため午前が小学部、午後が中学部という風に分けて行われました。

まず生徒の入場。
生徒3人に1人の先生がつきます。
フォローされつつも整列し6年生の男の子が
選手宣誓をしました。凄く頑張って練習したんだと思います。
こんな沢山の人の前で凄いよ!と知らないお子さんではありましたが感激したゆうゆうでした。

聴覚が敏感なお子さんが多く、耳をふさぎながら競技に取り組んでいる子。
ヘッドホーンをつけている子も何人かいました。
それでもね笑顔だったんですよ。

私は彼(彼女)たちにとって運動会って苦痛ではないのかな?という一物の不安があった。
でもそんなことはなかったです。
中には緊張してしまいしんどそうなお子さんもいたけれど、時に笑顔も見せてくれました。

練習の成果をみてみて!!と観客席を意識しながら競技しているお子さんが多かったことにビックリしました。
笑いながら走っていましたよ(●^o^●)

競技数は少ないけれど多いとそれだけ練習に追われる。だから結果としてちょうどよかったんだと思います。

いろんな工夫もなされていて、ピストルの音は聴覚過敏なお子さんにとっては苦痛です。
だからスタートの合図は笛でした。

コースがわかりやすいように走るときは色つきのわっかを持ち、そのわっかと同じ色のビニールテープを巻いたコーンのところにわっかを入れてゴール。
視覚優位の彼(彼女)たちにとってとてもわかりやすかったようです。

勇吉はね、全然緊張してなかったですよ(笑)
と~~~ってもスローリィ。
でも競技の流れはわかっているようでした。
いつもにましてスローリィだったには理由あり。
お父さんの姿が目に入ってしまったから
そちら向きながら走るはずでしたが歩いてました(笑)
でもちゃんとゴールできたよ。
勇吉、ナイス(●^o^●)

昨年までは私たちの姿見つけるとこっちに来てしまって困ったんです。

すこしおにいちゃんになったね
勇きっちゃん(●^o^●)

そんな勇吉をほめてくれたね大吉よ。
あんたも成長したわね。
私も大きくて あったかいかーさんになりたいぞ!!

いまは鬼ばばだけどね^_^;
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by ranrantomomo | 2005-12-29 18:13

養護学校1年生。初めての運動会(1)

今日こちらは真夏のような暑さでした。
ついに次男勇吉の養護学校初めての運動会です。
朝、7時ごろ目覚めた彼はいつになくご機嫌でした。

私はある決心をしていました。
運動会の練習中は初めてのことでもあり、連日疲れていただろう。学童にも行かせているししんどいやろうな~。登校時あるかないときは抱っこしてもいいやんな、まだ体重も軽いし・・・。
でも1週間続けると私もしんどくなってきた。
もともとは歩いていっていた。
歩く力はあるけれど、甘えること覚えてしまった。
でもこの先、きっとだけなくなる。
その前に、歩く練習したほうが私も楽だし
勇吉もそれが当たり前だと思ってくれるだろう。。。

今朝家の玄関で勇吉の目線に合わせてかがみ彼に伝えた。
勇吉、今日は運動会やね。おとうさんも、お母さんも、お兄ちゃんもみてるからがんばってね。
今日から、お母さんは勇吉抱っこで行きません。自分で歩きます。歩けるからね。頑張ろう。

と声をかけたんです。

するとね、歩いたんです。バスの来るところまで。
私自身ビックリしました。
途中お地蔵さんがあるんですが、そこでおまいりもして、歩くというより走っていました。

よっぽど機嫌がよかったのかもしれません。
この次うまくいくか、保障もありません。

でも私にとっては大きな大きなプレゼントもらった気持ちでした。

勇きっちゃん、ありがとう(●^o^●)
運動会のお話は、また明日に続きます。。。
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by ranrantomomo | 2005-12-29 18:11

感謝の気持ち

今の世の中自閉症といえば、聞いたことがある!とか「あの、ドラマの?(光とともに)という答えが返ってくる。
親の育て方ではなく脳の機能障害であるとはっきり言う事ができる。

35年ほど前にさかのぼってみるとその当時の親御さんはとても大変な思いをされてきたんだなぁ。
とつくづく感じる。

勇吉が通っていた通園施設も今でこそバスでの送迎があり、給食もあり、発達の先生、看護婦さん、保育しさんととても充実している。
しかし元をただせば、幼稚園にも保育園にも受け入れてもらえず、行き場を失った子供達のために、親御さんが立ち上げたものだと説明を受けたとき
私はビックリした。

毎日お弁当を作り、電車やバスで通い、先生すらいなかったんだと・・・。
今こうして、悩める親子を救ってくれる施設にまで成長させていただいて本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

そして数々の、通所施設など築き上げ道を作ってくださっている。
アドバイスもしていただけるし、経験談も聞ける。
数々の講演会。
インターネットでも先輩母、父には助けられることが多い。本当にありがたいです。

いろんな話をきいて物事最終的に決めるのは私自身だけれど選択肢があるっていうのは本当にありがたい。

わたしもいつか、誰かにヒントや、楽しく暮らせる技を提供できたならいいなと思います。

いまはまだまだ自分自身のことで精いっぱいですけれど。。。
ありがとうございます
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by ranrantomomo | 2005-12-29 18:08

勇吉の生い立ち(1)

次男は自閉症。
平成11年1月9日 某産婦人科で産声上げずに産まれる。
先生は「大丈夫!大丈夫!」といっていたので私は
「あっ、そうなん?」と思っただけだった。
後で聞いた話によるととーさんや双方のじいちゃん・ばあちゃんは大変気にかかっていたらしい。
でもそのことは後になって障害とは全く関係ないと
ドクターから聞かされた。
当事兄2歳、これまたとってもやきもち焼きでまだオムツだったことを思い出す。

2人目も男の子やし同じようなものかなぁと思っていた私。でもそれは甘かった。

次男は母乳もミルクも余り飲まない。
当然体重の増えも悪いし、おしっこ ウンチの回数も少なくはらはらさせられた。
そのわりに寝てばかり。
あやしても笑わない、目が合わない、とにかく反応が鈍い。
あ~きっとこの子は何かあるんだろうな。
そう感じ取ったのは次男4ヶ月のときだった。
でも誰にもいえなかった。
身体の面での成長も遅く、歩いたのは1歳8ヶ月。
振り返ってみればそんなあせらんかったらよかったと思うけど私にとっては長かった。
もちろん言葉はでてなかった。読んでも振り向かなかった。
でも1歳過ぎてかかりつけ医から児童神経科の受診勧められ 大型の病院でMRI・脳波の検査する。
異常はなし!
1歳6ヶ月から療育センターの作業療法(OP)
2歳からは言語訓練(ST)にかよう。
この頃の私、ペーパードライバーで運転できず兄も連れ時にはお弁当持ちで歩いて、電車乗って、バスのって行っていた。今思い起こせばうわっ!すごつ!とおもってしまう。
この続きはまた今度にしよう。
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by ranrantomomo | 2005-12-26 11:02


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